ビートルズ・アンソロジー

急な英国旅行を思い立ったのも、95年大晦日に放映された「ビートルズ・アンソロジー」に影響されたからである。以前にハンター・デイヴィス著の「ビートルズ」(1969 草思社)を読んだときは頭の中だけで遠いイギリスの光景を想い描いたものだった。それが今、テレビの中で現実の映像となって目に飛び込んできたのだ。一度も訪れたことのない、遥か遠くの国の光景が。
「ビートルズ」の表紙裏には“ピアヘッド”の写真が使われていた。それが僕のリバプールの風景で唯一知っている場所だ。「アンソロジー」の冒頭では映像としていきなり“ピアヘッド”が出てきたものだから、その瞬間僕の頭の中で何かが動き出したのかもしれない。

以前、古本屋でただみたいな値段で「The Beatles' England」(1982 CBSソニー出版)という彼らゆかりの地を紹介する写真集を手に入れた。「アンソロジー」を見てからはというものの、ほとんど見ることも無かったその本を引っ張り出してきては、遥かな地を訪れることに想いを馳せていた。
思い起こせば10代の頃も夢中になっていたパンクの影響で、ロンドンという街に憧れをもっていたし、その現場に立ち会うことを夢見ていた。まだまだ子供だったけど・・・。
ミュージシャンとしての夢が破れた後、ほとんど休みの取れない仕事を10年近くの間続けてきたので、旅行をする機会が全く無かった。もうすぐその仕事も終わり、「自由になれる」という気持ちが、先の不安など一切考えさせず衝動的に僕を動かしたのだと思う。
「今」
を逃したら、もう2度とこんなチャンスは無いかもしれないと・・・。

その1ヵ月後、初めての英国旅行に出発した。期間は2週間だ。格安チケットを旅行会社で買い、宿泊は現地で安い宿を探すといった典型的自由旅行。異国に一人で行くのも初体験なので不安はもちろんある。特に言葉が・・・。
行き先はロンドン、リバプール、サマーセット。ロンドンでは大好きなフットボール(サッカー)、本場プレミア・リーグを見るためのチケットも自力で手配した。もちろんレコード屋の所在もレコードコレクター誌の広告で調べ、ほぼ完璧の準備である。
サマーセットには知人に会うためにわざわざ赴く。このときの出会いが、僕の人生を変えてしまうのだが。

リバプール

ロンドンに着いた翌日にはもうリバプールにいた。ロンドンのGower StreetのB&Bで一泊し、翌朝ユーストン駅から列車に乗った。
ちなみにこの旅行では移動にブリティッシュ・レイルを使った。イギリスへ何度も行った人に言わせれば「何でそんな高い乗り物を」といったことのなるだろうけど、このライム・ストリート駅だけは列車で訪れたかった。タイトルは忘れてしまったけど、ある小説の場面で列車がライム・ストリートに滑り込む描写が心に残っていたからだ。
この街に対する期待は言わずもがなである。ただし、ここでは本当に言葉が辛かった。ロンドンに着いた日は言葉はほぼ通じていたし、また相手の言う事も解ったのだけれども、この街はどちらもまるで解らない。YMCAに宿を求めたのだけれど、受付のお兄ちゃんがなに言っているか解らない。しょうがないので紙に書いてもらったら、本当に簡単な事を言っていたので少しショックだった。
YMCAはとても安く泊まれる。シャワーは共同でお湯の出も悪いけど、初日のB&Bよりずっとマシ。食事も良かったけど、フィッシュ・ケーキだけは不味かった。
リバプールでの「ゆかりの地の巡礼」のため、先ずは“マジカル・ミステリー・トゥアー”というバス旅行を利用した。映画と同じの例のカラフルなペインティングのバスに乗ってリバプールの各地を周る3時間位のミニ・トゥアー、もちろん要所は押さえてある。これから行かれる方にはお勧めです。
「あぁ!ここがストロベリー・フィールズか・・・。」 「・・・・。」 夢は叶った・・・。
だけどそれだけじゃ僕は満足できなかった。なんと無謀にも翌日レンタカーを借りてしまったのだ。
地図を片手に1日かけてゆっくり街を周る、日本と同じ左側通行だし交通量も多くないので大丈夫だろう(初めて体験するラウンドバウトは怖かったっす)。運転席から見るリバプールはものすごくさびれてしまっている街といった印象だった。「アンソロジー」で見た印象とは違った。
さて旅行の重要な目的であるレコード・ハンティング、だがこの街では中古レコード屋がまるで見つからない。Mathew StreetそばのBeatles Shopではコンディションの悪いビートルズのオリジナル盤をとっても高い値段で売っているし、その他のグッズもいかにも観光客価格である。結局ここでは1枚もレコードを買うことが出来ず、リバプールの光景を堪能出来たにとどまった。しかし長年の夢も叶ったのだから、それで良しとしようではないか。
ちなみにMathew Streetでパブ初体験!ビートルズが通ったというGrapes(上の写真はリンゴの生家近くのパブ“エンプレス”彼のソロ・アルバム「センチメンタル・ジャーニー」でお馴染み)。本場のイングリッシュ・ビールとキドニーパイは美味かった。僕は完全にこのビールの虜になってしまった。「A Pint of bitter, please!」

(つづく)