TAUNTON

リバプールからロンドンへ戻る。滞在する間もなくユーストンからパディントンへ移動し、イングランド南西部の都市トーントンへ向かう。ロンドンでは列車の行き先方面別で発着駅が違うのである。ユーストンは北部、パディントンは南西、ウォータールーは南方といったぐあいだ。その後の旅行でも英国上陸後ロンドンに滞在する間もなく素通りしてしまうのだが、初めての旅である今回もまだロンドンで何もしていない。
パディントン駅でトーントン行きの切符を買う。が、おかしな事に行き先の表示は“BATH SPA”になっていた。これで良いものなのかインフォメーションで確認してみるが問題ないと言う。どうも腑に落ちない感じだ。料金も事前に聞いてたのより少し安いし・・・やはり発音が悪かったからだろうか?ブリティッシュ・レイルでは車内清算が一切出来ない、目的地までの切符を持たずに乗り越しをすることを禁じているのである。破るとペナルティが課せられるらしい・・・、ちょっと心配だけど、ま、いいか。
インターシティの旅も慣れてきた、快適なもんである。初めて車内販売を利用し紅茶を買う、本当にこの国の人は常にお茶ばかり飲んでいるといった印象。トーントンの駅ではルネッサンス・レコードティムフィオナ夫妻が出迎えてくれるはずだ。

そもそもなぜ今回わざわざ彼らの住む街トーントン(Taunton)まで行ってみようかと思ったのか話す必要があるだろう。リバプール、ロンドンに行くというのなら理由は明白だ。別にトーントンという街は特に著名なミュージシャンのゆかりの地という訳でも無いし、観光地として有名なところでもない。あえて売り物があるとすればサイダー(日本でいうジュースとは違い林檎から出来るお酒)の名産地として、またしばしばモンティ・パイソンのスケッチの舞台となるぐらい(サイクルツアー、マインヘッド市長選挙など。John Cleeseの出身地が側に在るからかも)の何の変哲もないとても小さな街なのだ。そんな街を知るきっかけとなったのが、先に出てきたルネッサンス・レコードだ。
前にも書いたとおり僕は英国盤好きのコレクターで、英国本国よりメイル・オーダーでレコードを買うという事をしていた。イギリス各地のレコードショップ(ほぼロンドン以外)、それに個人コレクターから日本では珍しい英国オリジナル盤を調達していたのだ。何せこっちには“それ”が山ほどあるのだから・・・。ルネッサンス・レコードとは英レコードコレクター誌の広告を見てボンゾズのレコードをオーダーしたのが始まりだったと思う。運の悪いことに“それ”は売切れだったのだけれども、店の主人Tim Driverが丁寧な手紙をくれたのが印象的だった。普通、品切れの場合は“梨のつぶて”というのが常であったから、とても紳士な応対だと感心したものだ。その後も定期的にリストを送ってもらうようにして、僕も何度かオーダーした。
初めてのときは手紙しか手段のなかった僕もその頃はファックスオーダーへとレベルアップしていたので、質問事項がある場合でもわりと気軽に尋ねることができるようになった。彼らときたら質問の返事やオーダー確認の返事がとても早く、遅くとも3時間以内には返信ファックスが届き、オーダー品の発送も1週間以内という素早さ。究極なのは彼らのコンディション表示の付け方。それはまさにレコードコレクター誌で定めているとおりの厳密さ。普通のディーラーだとVGじゃ傷がたくさんあるものね・・・。極端な話“G”のコンディションでも“買い”なのである。もちろん彼らと親しくなる以前からの印象だ。彼らと親しくなったきっかけは1枚のクリスマスカードだった。所詮彼らにしてみたらお客さんに対するサービス(それとも好奇心?)の一つだったんだろうが、僕にしてみたら送られてきたカードになぜかものすごく感動してしまったのであった。

英国人の友人

彼らへ宛てたオーダー用紙の端に何気なくイギリスへ旅行したら店に立ち寄りたいとの旨を書いてみた。いつものようにすぐに戻ってきた返事には是非とも来てくださいとのこと! 内心期待はしていたものの無視されてしまうよりもそう言ってもらうことの方が何倍も嬉しい。しかも彼らはトーントンでの宿の手配、列車の料金からそのルートを知らせてくれ、また週末に来られれば近辺を案内してくれるとまで言ってくれた。もちろん予定変更、週末はトーントンだ。

列車がトーントンの駅に滑り込んだ。ホームに降りてティムフィオナらしき人を探す。彼らの方から僕を見つけてすぐ荷物を持ってくれた。イギリスへ来て初めて会う知人!?だ。
彼らに僕の最初の印象を聞くと、日本人がアディダスのコートを着てやって来るとは思わなかったそうだ。東洋人がウェスタンナイズされたものを着ている!?、なにしろここトーントンにはほとんど日本人が来たことが無いそうである。日本についての知識はまるで無い様子、彼らが連れて行ってくれたパブでいろいろなことを訊かれた。食事する時は箸(Chopstick)を使うと言うと、やはりその他の事を中国と混同していた模様。
彼らと打ち解けるきっかけとなったのはなんと言ってもフットボール。今回僕がロンドンでプレミア・リーグの試合を見ることを話すと、それが信じられないと言った感じだった。なんたってその頃日本はまだワールド・カップに出たことのない弱小国だったのだから。
僕が日本で苦労して取ったチケットを見てまたまた彼らはビックリ。そのカードはチェルシー(ロンドンのクラブ)対サウサンプトン。なんとサウサンプトンは彼らの応援するクラブだったのである。しかし、彼らは何かを思い出したようにインターネットで調べだした。そしてティムが言う、「珍しくサウサンプトンがリーグ・カップを勝ち抜いたのでその試合は延期となった。」と。え〜、それじゃぁやっとのことで取ったチケットなのにこの苦労は水の泡か・・・。落胆する僕を見て哀れに思ったのか、彼らは僕がロンドン滞在中の他のカードを調べ、チケットが取れるかどうかまで確認してくれたのであった。言葉が満足ではない僕にとってどんなに助けになったことか。多分僕は試合が延期になったのも知らずに当日スタジアムに赴きそして酷く落胆したことであったろう。彼らがフットボール、サウサンプトンのファンでなければこんなタイミングで知ることもなかったろう。このことはどんなに言葉にして言い表そうと思っても出来ないほどありがたいことだった。幸い同じ日にロンドンで行われる別カードのチケットを彼らのお陰で取ることができた。持っていたチケットも払い戻しできるよう手配してくれた。
ウェストハム・ユナイテッドアーセナル。ロンドン・ダービー、通常じゃ取れないカードだ。その頃の僕はプレミア・リーグにひいきのクラブはなく、“見る”ということが第一の目標だった。その後サウサンプトンのファンとなったことは言うまでもない。
パブでは大いに盛り上がった。ここトーントンの地ビールのビターも最高。A Pint of beer please!!
(つづく)